【第4回】上手いサッカーを全国へ。M-tracerの地域格差への挑戦 -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

【第4回】上手いサッカーを全国へ。M-tracerの地域格差への挑戦 -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

M-Tracerは、サッカーJリーグ・松本山雅FCのアカデミーで運動能力の測定などに活用されている。
2者のパートナーシップはどのように始まり、M-Tracerの導入を通じてどのような変化があったのか。
デバイスの進化に込めた期待や今後の展望も含め、関係者のインタビューを基に全4回の連載で全貌を解き明かしていく。
 

ボールの「止め方」 解析できれば大きなヒントに

サッカーは、11人対11人が90分間+アディショナルタイムの中で絶え間なく動きを繰り返すスポーツ。
そこには無数の「認知→判断→動作」のサイクルが存在し、なおかつ相手とのコンタクトもある。
その中で「うまさ」を評価する動作の解析は非常に難しい。

だからこそ、大きな可能性を秘める――とも言える。
松本山雅FCジュニアとの試行錯誤は、デバイスの進化を前提としながら理想形への夢を膨らませている。
 
 
「より細かい精密な体の動きがどうなっているのか…という領域まで発展できるのであれば、スキルの習得に関してはかなり踏み込めるんじゃないかと思います。例えば胸トラップをする時に、ブラジル人選手はボールを『スッ』と吸収できるんです。あの瞬間の体の動きはいったいどうなっているんだろう?と。そういう部分まで踏み込んでデータを取れれば理想ですね」

U-12の矢田部匡監督(当時)はそう話す。
トップチームの外国籍選手に装置をつけてもらって解析するなど、突破口はありそうだ。
ブラジル人選手に限らず、トップオブトップの領域では得てしてボールタッチが柔らかい。
例えばヴィッセル神戸所属の世界的名手アンドレス・イニエスタは、シュート性の強烈なボールであっても足一本で狙った位置にピタリと止めることができる。
まるでその周辺だけ重力の呪縛から解放されたかのように。

そうした「うまさ」のひな型を収集することができれば、デバイスのさらなる有効活用につながりそうだ。
松本山雅FCのアカデミーダイレクター・岸野靖之氏も同様に、ボールを止める際の力の入り方に関して興味を募らせている。
来たボールを止めて、どこに置くのか。
次のプレーへの連続性も踏まえ、「トラップ」は「ファーストタッチ」とも呼ばれる。
その正確性とスピードが、次のプレー選択に大きく関わってくる。
 
 
「ドーンと飛んできたボールをピタッと止められる、力の抜き具合を知りたいですね。トラップのうまい人はおそらく、力が抜けているんですよ。力を入れる時って無意識に呼吸を止めているんですけど、力を抜く時ってフーッと息を吐いているじゃないですか。息を吐いている時は自然と力が抜けているので」。
岸野氏は呼吸と筋肉の緊張との相関関係を指摘し、解析を通じて明らかにすることを思い描く。

そこからさらに、外部から指示を出して正確な動作を促す――という領域へと想像をめぐらせる。
「究極はボールが来て止める時に、力が入っている選手に対して『力を抜きましょう』という信号をデバイスから自動で送ること。それをトレーニングから経験して意識付けできれば、技術習得に大きく役立つのではないでしょうか」という。

そして「来たボールに対してスッと力を抜くことができる子どもは技術が身に付くと思います。最終的にはテクノロジーでその力を、例えば『今の力は10だった』『今度は8だった』とか、キックだと『今の強さは70パワー』といった感じで数値化できないでしょうか」と提案。
確かに瞬間のタイミングで数値が明らかになると、技術習得のスピードは飛躍的に向上するだろう。
 
 

成果挙げてシステムを確立し 幅広く展開を

こうした取り組みから一定の成果が得られたら、横展開していくのが次のステップとなる。
サッカーにおける動きの「正解」を広め、すそ野全体の底上げにつなげていくフェーズだ。
小澤修一取締役は言う。

「互いにあくまで株式会社なので、これをどうやってビジネスにするか――という観点が大事です。逆に育成だけを強くしていくことに特化するのも一つの考え方ですが、エプソンさんと組んで進めているからには、継続性を持たせるためにマネタイズしていく必要があると思います」

「まず例えばですが、スクール生に対してそういうサービスを展開してプラスアルファの付加価値をつけるとか。さらに、松本山雅以外にもM-Tracerを貸し出してサブスクリプションの仕組みを展開していく。エプソンさんも信州だけにこだわる必要もないと思うので、それを全国に、ひいては全世界に広げることができます」
 
 
「山雅の子どもたちだけが伸びるのではなくて、色んな地域の子どもたちが気軽に使えるようになれば理想です。例えばM-Tracerをレンタルで貸しつつデータを提供することで、山雅の指導者からフィードバックが行くとか。そういう仕組みの構築を、最終形として思い描いています」

「地域間格差をなくしたい」という両者の根底にある思いからスタートしたプロジェクトは、そうした一定のゴールを設定しながら進んでいる。
だが、そのためにはまず、松本山雅FCジュニアがM-Tracerを活用して育成で成果を収めた――というランドマークが必要となる。

外部にも最もわかりやすいのは大会の結果だが、育成年代においては必ずしも結果が全てではないから判断が難しい。
ただ選手たちは勝利を求めるし、勝った方が喜びも大きいのも確かだ。
 
 
矢田部監督は「各種の大会に出ると、良いも悪いも含めて結果が出ます。そもそも結果は客観的なもの。それを目の当たりにさせられると、選手たちは徐々に目の色が変わっていきます。それだけじゃなくて彼らも6年生という年代なので、だんだん取り組む姿勢が変わってきます。それを強く感じているので、そういった部分でM-Tracerをうまく活用できたらいいと思います」と話す。

2022シーズンのチームはアイリスオーヤマ プレミアリーグU-11でチャンピオンシップに進み、1次ラウンドを突破。
2次ラウンドで組2位となり、順位決定トーナメントに回って6位に。
その過程でアビスパ福岡、柏レイソルなど県外の強豪チームと対戦し、大きな学びを得た。

さらに、FCバルセロナやユベントスFCの小学生年代チームも参加する、U-12ジュニアサッカーワールドチャレンジ2022に出場した。
予選同組はサガン鳥栖など国内チームだけだったものの、同じくハイレベルな環境で差を体感。
成長期のため発育状況は選手によってまちまちだが、それを差し引いても特にフィジカルの違いを痛感したという。
 
 
だが、集大成の舞台で大きな仕事をやってのけた。12月に行われた、全日本U-12選手権。
松本山雅は県大会で3年ぶり4回目の優勝を果たし、長野県代表として全国大会に出場した。
予選の1次ラウンドは4チームの総当たり。
名古屋グランパスU-12との初戦で3-2と競り勝つと、続く徳島ヴォルティスジュニアとの第2戦は5-0と大勝した。

第3戦のサガン鳥栖U-12には1-3と敗れたものの、各組上位16チームが進む決勝トーナメントにクラブ史上初めて進出。
長野県勢としても、1994年の松本ヴェガ以来28年ぶりの快挙となった。
だが、進撃はまだ続く。
ソレッソ熊本U-12とのラウンド16を0-0のPK戦で制し、県勢史上初のベスト8に駒を進めたのだ。

吉澤凰河主将は「長野県で初めてという結果を仲間と一緒につかみ取れたのはすごくうれしいです。
厳しい戦いだったけど、みんなで全力を尽くして戦えました」と喜びの声。
5試合で3ゴールを挙げた渡邊創太選手も「6年生になった時は全国と差があって『勝てないかかな…』と思っていたけど、練習を積み重ねて通用した部分もありました」と声を弾ませる。
 
 
一定の結果は出たものの、なお課題は残る。
矢田部監督は「身体能力は関東関西などの主要な地域と比べると結構な差を感じている部分。
県内では『速いな』と思っていても、全国大会で見たら『普通だった』ということもよくあります。
松本山雅のアカデミーとしては全国規模で考えた上でプロ選手を輩出していかなければいけないので、もっと底上げしていく必要があります」と実感を込める。

「全国平均で見ても、小学校の運動能力テストで長野県は平均を大きく下回っていますし、そこに対してどうアプローチしていくのか。デバイスを活用して、そこに対してピンポイントで刺激を与えていければトレーニングの効果が上がると思うので、そういうところも含めて活用できたらと思います」

M-Tracerでの計測を継続して最適解を模索しつつ、個々の成長を確認する。
フィードバックを基に動作を改善し、さらなる成長につなげる。
それがチームとしての成長に結び付き、全国の至るところで選手育成に役立ててもらう――。
そんな未来を夢想しながら、地道な取り組みは続いていく。
 
 
 
文=大枝令 
 

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