本記事は2022年10月に取材した内容を基にしています。掲載当時の情報をお伝えしておりますが、一部の情報が古くなっている可能性があります。最新の状況や詳細については、関連情報をご確認ください。
諏訪地方全域を舞台としたトライアスロン大会「SUWAKO∞PEAKS」で活用されたM-Tracer。このデバイスを別分野にも転用できないだろうか。そんなアイデアから白羽の矢を立てたのが観光業だ。諏訪湖畔のRAKO華乃井ホテルとタッグを組み、M-Tracerを取り入れたオプショナルプランを実験的に展開した。そのプロセスから見えてきたものとは――。
【第3回】トライアスロン大会を追体験 付加価値もプラスして展開
トライアスロン大会を追体験 付加価値もプラスして展開
アスリート性を全面に押し出したプランは、「Re:エイトピークス」。トライアスロン大会で走行した実際のコースをベースとした。バイクはホテルから八ヶ岳方面へ向かって往復する78km(標高差370m)、ランは諏訪湖周の16km。実際の大会とは異なり交通規制ができないことなどから、当該部分は代替のルートを設定した。
そもそもスワコエイトピークスの本番コースは、「ミドルトライアスロン」という中距離の設定。国内に最も多いオリンピック(ショート)ディスタンス(スイム1.5km/バイク40km/ラン10km)よりも長い。スイム2km/バイク78km/ラン20kmとなっている。安全面の考慮から、Re:エイトピークスに際してスイムは除外。GPSデバイスはバイクとランで別のものを用意し、「バイクだけ」「ランだけ」といった楽しみ方もできる。
バイクのコース特性は、八ヶ岳山麓へ向かう中で標高差が比較的大きい。25kmから35km地点にかけて一気に350mほど上り、標高1,100〜1,200mのルートを走る。本番のコース設定に携わった実行委員会の矢ヶ崎能充・副事務局長は「諏訪湖からエコーラインに向かって7〜8kmの緩やかな上りが続き、高負荷なエリアになります。晴れていれば八ヶ岳に向かって上っていくので非常に眺めがいいです」と説明する。
それに加えて風の要素もあるという。「必ずどちらかが向かい風になるエリアがあります。風に乗ると平地でも40km/hくらい普通に出て気持ちいいんですが、反対の向かい風だとかなりツラいものがあります」と明かした。上りがあって風の影響も受けるコース。とはいえ風光明媚な八ヶ岳山麓の景色を満喫しながら汗を流すことができる。
ランは諏訪湖周で、高低差はほぼゼロの平坦なコース。湖畔はほとんどのエリアでジョギングロードが整備されており、走りやすさは折り紙付き。左手側に穏やかな湖面を望みながら自分のペースで走るもよし、タイムに挑戦するもよし。楽しみ方はさまざまだ。
M-Tracerを活用している意義はそれだけではない。大会で参加者が残したデータをそのまま活用できるのだ。走行後には、大会出場者のデータと比較した記録証を発行。バイクは本番のコースと重なる一部区間(3区間)について、トップ選手の速度推移を折れ線グラフにして自らのデータと重ねて表示。ランに関しても、フォーム・走法効率をチャートに落とし込むほか、トップ選手や全選手アベレージと比較した平均スピードをグラフで示す。
単にトライアスロン大会を追体験できる――というだけでなく、付加価値を持たせる工夫も凝らした。RAKO華乃井ホテルの小平幸治次長は「私たちは機械の専門ではなく、観光を楽しんでもらう側です。なのでコース設定に際しては何度か車で走ってみたり、土地に詳しい人に聞いてお店の情報を集めたり、トイレの位置を探したりしました」という。
ウェブサイトには独自のGoogle Mapを用意。コース上には「たてしな自由農園原村店」をはじめ、カフェやそば屋、直売所など33カ所をマッピングした。トイレは19カ所、入浴施設も3カ所を提案。本気のトライアルだけでなく、地元の立ち寄りスポットも満喫してもらおう――という考えからだ。「コースを作っている段階で、『ガチで走ったら本当にもったいないな』と思ったんです。ぜひ立ち寄りながら楽しんでもらいたいなと」と小平次長。
実際、コース設定の際に何度も試走した矢ヶ崎副事務局長は「コースの途中にジェラート屋さんがあって、それを楽しみに上っています。あとはレストランで美味しいカレーを食べたりもします。諏訪湖の周りにもアイスとか『じまん焼き』とか。大会本番とはまた違った楽しみができるのも魅力だと思います」と話す。
ニーズとのミスマッチが課題 小さく始めて大きく育てる
M-Tracerを活用しているため、転倒検知やSOSなど利用者の安全を保証する各種機能も活用できる。もともとコースが設定されているのも強みの一つで、矢ヶ崎副事務局長は「例えば外から来た人が遠くに行って自転車に乗るときは自分でコースを考えなければいけません。全然走ったことがない場所だとどのくらいの負荷があるのかもわかりませんが、それがあらかじめわかっているのは安心だと思います」と話す。
大会直前の5月ごろから急ピッチで検討をスタートし、秋には商品化まで漕ぎつけた。RAKO華乃井ホテルの白鳥和美社長は「M-Tracerと観光がどのように結び付くか?という部分で皆さんが一番苦労したと思います。いろいろなご指導やご意見をいただく中で育てられた商品です。できあがったものは非常に今後への期待が持てるし、これからさらに育てていかなければいけないと思っています」と展望を語る。
ただ、2022年9月〜11月の3カ月間で販売したこのパッケージは、決してリアクションが大きかったわけではない。秋にかけては全国各地で各種トライアスロン大会が行われており、小平次長は「考えてみれば秋はスポーツの季節です。本当はアスリートの皆さん、自転車の好きな皆さんは忙しい時期だったのかもしれません」と明かす。
ただ、6月に行われた第1回大会を前にした時期は、試走などを目的とした宿泊客が目立ったという。「諏訪湖で新たにトライアスロン大会を開催することが決まった時期から、本当に自転車を担いで泊まる人は多くなってきていました。そういう需要はあったのではないかという部分はすごく感じています」。次回以降に向けた検討課題となった。
「大会側からすると、次回大会も含めてPRできるし集客につながるのではないかと考えています」と矢ヶ崎副事務局長。継続するのであれば、時期やサービス内容などをさらにブラッシュアップする必要性が生じるかもしれない。実際、トライアスロンのチームが定期的に宿泊に訪れることはあるという。しかしスワコエイトピークスのコースをなぞるよりは、自分たちで勝手知ったるコースを走っているのだという。
それでも、M-TracerのGPSや転倒検知、SOS機能などを活用すれば安全性の担保に役立つことは確か。そこにクローズアップしながら新たにパッケージを打ち出す可能性もあり、白鳥社長は「同じコースを走りたい、追体験したい――というニーズよりは、仲間が今どこにいてどのような状況なのかをオンタイムで把握できる部分に特化した提供の方法はあるのではないかと考えています」と見通す。
ロゲイニングの「諏ワンダーランド」も含めた今回のプロジェクトは、まず小規模でスタートしてトライアンドエラーを繰り返しながら育てていくスタンス。そして商品として一定水準まで洗練させたら、諏訪地域一帯の観光業に横展開していきたい考えでいる。RAKO華乃井ホテルとして独自に打ち出して宿泊客を獲得するのではない。
「最初は小さく始めて、これから本当に大きく育てていくベースができたのではないかと思っています。すごく手応えを感じています」と白鳥社長。地元企業が開発したデバイスを活用しながら、諏訪地方の観光業にとってブレイクスルーのポイントになることを狙っている。