本記事は2022年10月に取材した内容を基にしています。掲載当時の情報をお伝えしておりますが、一部の情報が古くなっている可能性があります。最新の状況や詳細については、関連情報をご確認ください。
諏訪地方で新たなトライアスロン大会を立ち上げたい――。そんな愛好家の熱意に寄り添う形で、M-Tracerを運営にフル活用した一大イベントが立ち上がった。その名も「SUWAKO∞PEAKS」(スワコエイトピークス)。GPSだけでなく転倒検知やSOSなどの機能を兼ね備えたデバイスは、トライアスロンの世界にも新風を吹き込んでいる。
【第3回】位置情報の把握 円滑な運営に大きく貢献
位置情報の把握 円滑な運営に大きく貢献
2022年6月25日、午前9時30分。
晴天にも恵まれ、いよいよ大会がスタートを切った。
まずはスイム。下諏訪町のローイングパーク(漕艇場)から、1周1kmのコースを1度上陸して2周する。参加者はエイジ654人と、リレー(3競技を3人で分担する方式)16組の合計702人。時間を刻んで一定人数ごとに競技を始める「ローリングスタート」方式で、M-Tracerを装着して次々と諏訪湖に入っていく。

諏訪湖の北側に位置するこのエリアは普段、ボート競技で使われている。水面が穏やかなうえ、八島湿原方面から湧き出る清流・砥川の河口も近い。小島事務局長は諏訪湖の複数エリアを試泳した結果「砥川からきれいな水が流入する影響もあってか泳ぎやすいし、ボートのコースとして整備されている」と判断。ここをスタート地点に設定した。
3種類のうち最も高リスクで、医療救護が神経をとがらせるスイム。だが肩を脱臼した競技者が出るなど小さなアクシデントが発生したものの、あらかじめ準備していた救護体制でカバーした。

だが、バイクでSOS信号を受信。救護本部に緊張が走る。「まだモバイルの救急隊が完全に配備されていない状態。心臓が止まるかと思いました」と今井智彦医師。すかさず救急要請をかける。
しかし発信源をたどると、自分で押してしまった誤操作だと判明。胸をなで下ろした。デバイスの使い方などについて今後さらなる周知が必要とはいえ、結果的には何もなかった。今井医師は言う。

「オーバートリアージと言いますが、私たち医療者の立場からすると、何かあって医師や看護師、救急救命士が救命処置の準備をしたが結果として何もなかった――というのが一番いいんです」
「SOSが出ているということは、何かが起きている。本当に倒れていることも実際に必ずあるでしょうから、そういう面ではSOSが出るというのはいいと思います」
システム開発に携わった矢ヶ崎能充・副事務局長は、テクニカルディレクターの横についてGPS画面をリアルタイムでチェックしていた。先頭と最後尾の位置、競技者が固まっているエリアなどを把握して警察と情報共有。このほかGPSデータ受信が一時的に切れた際、復帰後にマニュアルでルート上に戻すなど細かい処理を担当した。

バイクではトラブルに見舞われた自転車の位置を把握し、回収班に対して正確に説明。時間制限に伴う足切りに関しても、全体の動きを確認できるためおおよその人数規模などを予測することが可能だったという。「すごく役に立ちましたし、素晴らしいツールだと思います」と声を弾ませる。
最後尾の選手が通過した順に、交通規制を解除していく。ただ、問題も起こった。「想定していたより皆さん、自由に動いていました。例えば自転車がパンクして道路脇で停まっている人を、最後尾の車両が『回収だろう』と思って抜いたら、その後にまた走り出したり」。それでも、GPSで把握できている方が迅速に対応も済む。「見えただけでもかなり良かったと思います」と振り返る。

転倒検知とSOS 快適なレースをサポート
肝心の競技者は、どう受け止めたのだろうか。その中の一人に話を聞くことができた。河西康年。地元出身で、30代後半からトライアスロンにのめり込んだ。最初はダイエット目的で諏訪湖周のウォーキングからささやかに始めたが、徐々に高じたという。「3種目楽しめるし、動きが異なるのでクロストレーニングにもなります」。トライアスロン大会は年に2〜3回、そのほかフルマラソンで汗を流す。

今回は地元でのトライアスロン大会が立ち上がることを知り、是非もなくエントリーした。「夢のような舞台を作っていただいたので、ありがたく参加したいと思いました」。実は企画の初期段階から諏訪湖の試泳やデバイスの装着などで競技者の立場として協力しており、M-Tracerが実用化まで改善された経緯も見てきた。「相当ブラッシュアップされた印象です」と話す。
端末は、着用したインナーの背中側に装着。「競技に集中していたせいなのか、あまり気にならなかったですね」と使用感について語る。転倒検知やSOS発信など、安全面に関する機能についてはどうか。「トライアスロンはバイクが広範にわたり、人がいない場所での転倒なども大いにあり得ます。実際に島を一周するような他の大会では、『もしここで転倒したらどうしよう…』と思うこともありました。そういうシーンで非常に心強いと思います」。今回のレースは無事完走したものの、万が一を考えた場合に安心できる材料となったようだ。

長野地方気象台によると、当日の最高気温は31.3℃。ただ、バイクのコースとなる八ヶ岳山麓は標高1,000m超のエリアも含まれており、比較的冷涼だったという。諏訪湖と八ヶ岳山麓を満喫できるコース設定で、河西は「バイクは普段なら通行規制で走れない場所も走れて、風光明媚で楽しめました。ランの諏訪湖の周りは普段から走っていますが、暑い盛りに長い自転車の後だったので、やり切った感がありました」と振り返る。
アプリで位置検索し 応援にも活用
ゴール地点は、諏訪市の諏訪湖イベントひろば。セイコーエプソンが会場に縦3.7m、横5.9mの大型4面マルチスクリーンを2台設置し、ライブ映像や全選手の位置情報、コンディションなどを映し出した。さらに、専用スマホアプリでゼッケン番号を検索すると、位置情報がわかるシステムも提供。「見る」「楽しむ」という観点からも新たな切り口を打ち出した。

ゴール付近の諏訪市内。ランで力を振り絞りながら走っていると、友人や近隣住民が応援に姿を現した。なぜ――?と走りながら考え、納得。専用スマホアプリをダウンロードし、位置情報を確認してくれていたのだ。「トライアスリートをそばで見てみたい、という好奇心のある方もいました。応援していただけるのはありがたかったです」とうなずく。
そして後日、M-Tracerによるデータが参加者にフィードバックされる。セイコーエプソンが解析したシートを各選手に送付。トライアスリートの大半は自前のデバイスを装着し、心拍数、速度、自転車の回転数などの各種データを取得しているのが一般的だ。それに加えてM-Tracerで全選手の解析ができているため、他選手との比較も可能となる。

「こんなデータまでもらえてすごい。感動した――というご感想をいただきました。至れり尽くせりの大会になったのではないかと思います」と矢ヶ崎副事務局長。小島事務局長も参加した友人に感想を聞いたところ、「トップ選手と比べてもランだけは近いタイムを出せたとか、そういう話をしながら喜んでくれました」という。
公式大会としては国内で初めてGPS端末を運用する、画期的な取り組み。競技者の安全・安心を担保しつつデータを提供すると同時に、医療救護を含めたスムーズな運営をサポート。さらにはスマホアプリの活用によってリアルタイムで位置情報を確認できる。トライアスロンに特化して開発したM-Tracer。「やる」「支える」「見る」3者にとって、有意義なソリューションとなった。