【第3回】モーションセンシングを使った「メンタル」へのアプローチ方法とは -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

【第3回】モーションセンシングを使った「メンタル」へのアプローチ方法とは -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

M-Tracerは、サッカーJリーグ・松本山雅FCのアカデミーで運動能力の測定などに活用されている。
2者のパートナーシップはどのように始まり、M-Tracerの導入を通じてどのような変化があったのか。
デバイスの進化に込めた期待や今後の展望も含め、関係者のインタビューを基に全4回の連載で全貌を解き明かしていく。
 

情熱の指導者 ジュニアの底上げに目を向ける

「松本山雅――と聞いて最初に頭に浮かんでくる言葉がいくつかあると思います。やっぱり『走る』がまずあって、その上に『粘る』『あきらめない』『最後まで戦う』とか。そういうことを実践するためにどうするか、できるだけ若い年代からできることを増やしていくのが大切です」

松本山雅FCアカデミーダイレクターの岸野靖之氏は、そう力を込める。
小学生〜高校生の全カテゴリを統括する立場。
Jリーグを戦うトップチームが練り上げてきたスタイルに沿うような、若い選手の育成を担う。

 
1958年、和歌山県出身。
日本リーグ時代の三菱重工業サッカー部(現在の浦和レッズ)、読売クラブ(現在の東京ヴェルディ)でプレー。
現役引退後は長くヴェルディに在籍して指導し、その後はサガン鳥栖で現在の礎を築いた。
Jリーグ通算246試合を指揮。
2013年に松本山雅FC U-18監督就任し、以降は断続的に山雅のアカデミーで指導に当たっている。

元来、情熱的な指揮官として知られた。
鳥栖ではコーチ、監督を歴任してハードワークを徹底するスタイルを植え付けてきた。
例えばトレーニングで、決められたポイントまでしっかり走り抜くこと。
ショートカットなどのわずかな甘えも一切排除する。
そうしたディティールを積み重ねて徹底的な戦う集団を作り上げてきた岸野氏。
いま、山雅でジュニア年代の指導に力を注いでいる。

「やっぱりどこのクラブも基本は下のカテゴリからの育成・指導が大元になります。ここがまずしっかりしていないと上にはつながりません。U-15、U-18からなんとかしようと思っても遅い。まずはジュニアとその下のスクールから大きな基本の土台をしっかりと作って、そこにしっかりと上乗せしていくことが必要になってきます」
 
 
そこで重視する基本とは「走る」ことに加えて、サッカーの3大スキルである「止める」「蹴る」「運ぶ」。
言い換えるならトラップ、キック、ドリブルだ。
その中で、まず「走る」ことに関してはM-Tracerの試験導入が役立つ――と考えている。
 

計測もスキルアップも 「継続」が重要

「単純に遅いより速い方が絶対にいいし、ジャンプも低いより高い方、肉体も弱いより強い方が絶対いいに決まっているじゃないですか。それを伸ばすヒントがなかなか肉眼や言葉で伝わらなくても、確実な指標があればいいに決まっています」

スピード、跳躍力などの基礎的なフィジカル要素を伸ばすのには、客観的な数値の導入は大いに有用。
その上で、計測を継続することが何よりも重要だと力説する。
 
 
「陸上の選手も始めた時は多分、きれいなフォームじゃないと思うんですよ。でも、完成されたフォームはきれいなムダのない走りで、速い。それができるまでには習慣付けが必要で、習慣を変えるのはすごく難しいことだと思います。だけど意識して意識して、そのうち無意識になるわけです。大事なことは続けること。どこにどんなヒントがあって、どういう効果が出るのか。これはやり続ける必要があります」

自身の指導歴でも、同様の経験がある。
例えばヴェルディ川崎(当時)を指導していた時期。
元日本代表DF都並敏史氏が若き日のグラウンドで、利き足とは逆の左足キックの自主トレーニングを延々と続けていたのを見ていた。

「最初は全然蹴れなかったんです。それが毎日、何十本も何百本も蹴り続けていたらだんだん質が良くなってきて、最終的には相手が出してくる足の上に蹴れるくらいにまで上達しました」
 
 
長じてプロになって以降も、反復を繰り返すことによってスキルを体得することは可能。
ただもちろん、その時期が早ければ早いほど望ましい。
「自転車に乗るのと一緒で、身についたら忘れません。子どもは受け入れる柔軟性を持っているので、できるだけ小さいうちにいいフォームで走るとかキックのポイントを見つけるとか、そういうことをやっていきたいですね」と思い描く。

30m走のタイム、反復横跳びの回数、垂直ジャンプの高さ。その際の動作はどうだったのか。
M-Tracerによってデータを蓄積し、改善しながらレベルアップにつなげていく。
「形になったのが見えたら絶対に信じるじゃないですか。それは自分の中に落とし込めるし、そうすれば多分続けられると思うんです。簡単にいいようにはならなくても、まずはしっかり理解して、とにかくやり続けることが大事です」。
まさに“継続は力なり”だ。
 

情熱×テクノロジー 新たな地平を切り開く

続けること――。

言葉にすれば簡単かもしれないが、実際にはそう容易なことではない。
上達や成長が見られなければ壁にぶつかった感覚に陥って止めてしまうかもしれないし、ケガや病気などの止むを得ない理由で中断せざるを得ない状況になるかもしれない。
 
 
それでも、と岸野氏は言う。

「はっきりしているのは、やらなかったら何も変わらないということ。やって、やり続けて、初めてどっちなのかがわかる世界です。だからまずは何でも信じてやりましょう…ということ」。
継続した先に新たな地平が切り開けることを見据え、愚直に目の前のミッションと向き合い続ける。
その過程はアスリートが上達していくのも、M-Tracerが進化していくのも同じだ。

サッカーにおけるM-Tracerの活用は試験段階。
だが、可能性は多種多様に広がっている。
豊富な指導経験とテクノロジーを組み合わせればそれもなおさら。
岸野氏もまさに、その部分に対して期待を寄せる。

「ボールを扱う神経系にアプローチできないか…と考えています。うまい選手は『いつ見たの?』というくらい後ろが見えているし、速いスピードで飛んできたボールをピタッと止めることもできます。そういうプレーを可能にしている要素は何なのか。力の入れ具合などを分析できるようになればいいと思います」
「神経系を大人になってから伸ばすのは難しいです。だから、テクノロジーを使って子どもの頃にどうやって技術を伸ばしていくか」
 
 
その試行錯誤も、続けることが重要。
「とにかく小さいうちは、量をたくさんこなして体に染み込ませる技術を多く得ることが大切です。それにプラス例えばいいフォームで走れたり、いい質のボール蹴れたり、高く跳べたりする。ちょっとしたヒントはたくさんあるので、テクノロジー専門の方の話を聞きながら僕らが感じている部分をぶつけて、それをまた端末にフィードバックして…というサイクルをずっと続けないと、最終的な形は見えてこないと思います」という。

そして最終的には、自身の原点とも言える「メンタル」の部分に回帰していく。
「しょせんは人間がやること。脳から神経を伝わってやれる部分が、まさに『気持ち』の部分じゃないですか。それを左右するのは練習しかないと思います」。
指導歴30年余。
百戦錬磨の経験にテクノロジーの活用を組み込みながら、松本山雅FCユースアカデミーを高みに引き上げていく。
 
 
文=大枝令
 
 

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