【第2回】M-tracerに蓄積された「正しい」サッカー の動作 。選手のプレーが改善できる理由。 -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

【第2回】M-tracerに蓄積された「正しい」サッカー の動作 。選手のプレーが改善できる理由。 -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

M-Tracerは、サッカーJリーグ・松本山雅FCのアカデミーで運動能力の測定などに活用されている。
2者のパートナーシップはどのように始まり、M-Tracerの導入を通じてどのような変化があったのか。
デバイスの進化に込めた期待や今後の展望も含め、関係者のインタビューを基に全4回の連載で全貌を解き明かしていく。
 

「走る」「跳ぶ」「蹴る」 センサーを着けて計測

「次は下の方を狙ってください」
「どうぞ、と言ったら跳んでね」

松本山雅FC U-12のトレーニング会場。セイコーエプソンの白いベストを来た担当者らが、子どもたちに声をかけながらデータを計測していく。
この日はシュートを3本と、垂直跳びを4回。脚と背中にM-Tracerの端末を身に付けた選手たちは、かわるがわるボールを蹴ったりジャンプしたりしていた。
 
シュートの際に計測するのは、体幹のブレや衝撃の強さなど。
スピードガンで初速と終速のデータも採取する。
ゴールを9分割したどのエリアにシュートが決まったかもチェックし、担当者が用紙にメモしていく。
垂直跳びは最初2回がそのままの体勢で、次の2回は腰に手を当ててジャンプ。
6年生を対象とし、複数回にわたってデータを蓄積している。
 
 
日によっては30m走、反復横跳びなどを計測するケースもある。
いずれにせよ、まずは「走る」「跳ぶ」の基本的な運動能力と、サッカーに必須な「蹴る」スキルから解析に着手。
現在進行形で試行錯誤しており、今後計測するデータが変わる可能性も大いにある。実際に過去、リフティングの計測にチャレンジしたことも。
しかし使う足の部位など変数が多く、実際の動きとデータから相関関係をピックアップできず取りやめになった経緯がある。

計測する中で、「正しさ」を拾い上げる作業が必要となる。
「正しい動作を正しくやれていないと先々になってどうしても厳しくなってくるというのは、アカデミーの中で共有されています。その中で、実際に正しい動作を獲得していくジュニア(小学生)年代の役割は一番大きいですね」。
そう話すのは、松本山雅FC U-12の矢田部匡監督(当時)だ。
小学生とはいえ選手に納得してもらうためには、やはり客観的な数値は大きな意味を持つ。
 
データは松本山雅FCのオフィシャルマスコットキャラクター・ガンズくんをあしらった親しみやすいデザインで、子どもたちが見やすい形に整理してフィードバックされる。
矢田部監督は「コーチに100回同じことを言われるよりも、データを1回バンと見せられて自分で気付いた方が、おそらくは自主的に課題感を持って取り組むようになります。そうした部分でもM-Tracerには期待しています」と話す。
 

各種データの蓄積から 「正しい動作」を導き出す

では、実際の選手たちはどう受け止めているのだろうか。

「手の振り方が横方向にブレていたので、それをエプソンの方にアドバイスされました。自分は足が速い方ではなかったけど、以前と比べると速くなったと思います。走りの数値も結構変わりました」

扇谷凌功(りく)選手はそう話す。
成長期で今後どう変わるかは未知数だが、現在の課題はスピード。
だからこそ、速さを上げるための一助となるこの計測は前向きに捉えているという。
チームでは右サイドバックを務め、アレクサンダー・アーノルド(リヴァプール)が憧れの選手。
キックが持ち味だといい、「今後はキックに関する計測ももっとできたらうれしいです」と夢を膨らませる。

 
中村裕ノ進選手も同様だ。
「手の振り方を素早く上に上げるようにとか、エプソンの方がいろんな走り方のコツを教えてくれました。他の人のアドバイスも聞いていて、重心がブレないようにすることも走る時は意識しています」。
実際に30m走のタイムは短縮に成功したという。

父親は中村隼人という元サッカー選手で、2005〜07年に当時地域リーグの松本山雅FCでプレーしていた経歴を持つ。
裕ノ進選手も物心ついた頃からサッカーに親しんでおり、将来的には緑のユニフォームを身にまとってサンプロ アルウィンでプレーするのが夢。
そのためにも「正しい」動作の体得が望まれ、「少しでも速くしていければと思っているので、そういう部分はありがたいと思います」と感謝を口にする。

2人に共通するのは、走るフォームのアドバイスを担当者からもらって改善したという点。
決してサッカーや陸上競技の専門指導者ではなくてもそれを実現できたのは、データを蓄積して「正しさ」に関する知見があるからだ。
ゴルファー向けのスイング解析ソリューション・M-Tracer for Golf(エムトレGolf)を立ち上げた際と同様に、「どのような動きをすれば速く走れるのか」という一定のひな型が存在する。
 
 
さらに、それを補強する頼もしい出来事もあった。
松本山雅FC U-12の4年生クラスに、現役の陸上競技選手・コーチの村中智彦さんが「正しい走り方」をレクチャー。
「かかとで接地しないように、つま先側で体の真下に足を着けること」「(サッカーで)相手と競り合う時にどれだけいい姿勢で走れるか。
変な癖がつくと肉離れを起こしてしまう」などと子どもたちにフォームを指導し、その後でセンサーをつけての計測に協力してくれた。

現在は選手のほか松本大学でコーチなどを務める傍ら、NPO法人を立ち上げて小学生年代の運動能力を伸ばす指導を展開中。
「タイムだけでなく角度や姿勢など、客観視できるデータを数字で出せるのはすごく大事なことだと思います。陸上競技はどれだけ接地面から力をもらえるか――という『物理』で、データの世界。現場で使いやすいフィードバックができれば、さらに価値は高まるでしょう」と話していた。
 

データ活用のバランス感覚 指導者の腕が問われる

このように、データを活用することはもちろん非常に有効。
ただ、それを実際に活用・運用するのは人間だ。
矢田部監督は「データがあれば誰でも監督や指導者になれるわけではなく、最後のところは指導者の腕だと思います。それに引っ張られてもダメだし、逆にそれを無視してしまうのも全然違う。バランスを取りながら活用していく、という感覚が大事になってくると思います」と力を込める。
 
 
自身は順天堂大学スポーツ健康科学部出身。
運動生理学を専攻し、在学時から人体の動作を解析する科学的なアプローチとは親和性が高かったという。
「マスクを着けて走って最大酸素摂取量を測ったり、筋肉の最大出力までにかかる時間とパフォーマンスの相関を調べたりしていました。スポーツバイオメカニクスの授業もあったし、そうした経験を基に『主観』と『客観』の使い分けについては当時から頭の中にはありました」。
学んだ知識と指導の経験をフル活用し、子どもたちの成長を促す。

その先にはもちろん、松本山雅FCのトップチームへつながる道がある。
U-15、U-18とカテゴリを上げて最終的にはプロ選手へ。
松本山雅FCは2023年現在、FW小松蓮、MF稲福卓、GK神田渉馬、FW田中想来の4人がアカデミー出身者としてトップチームに所属している。
この4人は所属歴をさかのぼると、小学生年代(ジュニア)は松本山雅FC以外の街クラブでプレーしてきた。
 
 
もちろんアカデミー所属歴の長さを競うものではないが、ジュニア出身のトップチーム選手はまだ輩出していない。
粘り強く育成に当たった先に、いつの日か「その日」がやってくるだろう。
それはもしかしたら、M-Tracerをつけた選手たちかもしれない。
 
 
文=大枝令
  
 

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