【第1回】ゴールデンエイジ×モーションセンシング=サッカーの未来への可能性 -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

【第1回】ゴールデンエイジ×モーションセンシング=サッカーの未来への可能性 -松本山雅FCジュニアとの試行錯誤-

M-Tracerは、サッカーJリーグ・松本山雅FCのアカデミーで運動能力の測定などに活用されている。
2者のパートナーシップはどのように始まり、M-Tracerの導入を通じてどのような変化があったのか。
デバイスの進化に込めた期待や今後の展望も含め、関係者のインタビューを基に全4回の連載で全貌を解き明かしていく。
 
 

熱を帯びる地元サッカークラブ さらなる強化を側面支援へ

「M-Tracerを活用すれば、もしかしたら色々なことが実現できるのではないだろうか」

松本山雅FCの小澤修一・現取締役はM-Tracerの存在を知ったとき、そう直感したという。

松本山雅FC。2011年にJリーグ昇格を果たし、14年には3年で初のJ1昇格。1年で降格の憂き目に遭ったが、18年にJ2を制覇して再びJ1に挑んだ。現日本サッカー協会技術委員長の反町康治監督に導かれて2度のJ1を経験。2022年からJ3で戦っている。

さまざまな縁がつながり、Jリーグよりも2カテゴリ下に当たる地域リーグ時代から、ユニホームの胸には「EPSON」のロゴが踊っている。
 
 
このクラブはまた、サポーターの数と熱量も稀有なものがある。
初めてJ2に参戦した2012年の開幕戦は、東京ヴェルディのホーム・味の素スタジアムに約7,000人が詰めかけて2階席まで開放する事態に。
さらに2015年のJ1初陣となった名古屋グランパス戦は、豊田スタジアムに約1万人ものサポーターが押し寄せた。
ホームスタジアム・サンプロ アルウィンの平均入場者数も、J1時代は収容率85.6%にも上る17,416人を記録した。
 
地方クラブのモデルケースとも言われる成長曲線を描いてきた松本山雅FC。
こうした熱狂を生み出してきた一つの要因には、「とことん走り切る」「最後のホイッスルが鳴るまで諦めない」「ユニフォームを汚して泥くさく戦う」――といった、見る者の感情を揺さぶるスタイルを突き詰めてきたこともある。
 
そうしたハイパフォーマンスを支えるのは日々のトレーニング。
それがより効果的であれば理想的だ。
小澤取締役は、そこに可能性を見出した。
 
 

サッカーの「数値」は多種多様 M-Tracerが見出された可能性は

そもそもJリーグの現場では各種数値の計測と、それを基にした指導が今や当たり前。Jリーグ公式ウェブサイトでも、J1リーグなら選手の走行距離、スプリント回数などがランキング化されて誰でも閲覧できる(https://www.jleague.jp/stats/)。
2015年からスタートした取り組みで、ファンに向けて新たな視点でのサッカー観戦の魅力を伝えるものとなっている。
 
実際に計測・活用されるデータは、それだけではない。
心拍数などのバイタルデータはもちろんのこと、チームとしてのパス数や成功率、ボール支配率、30メートル侵入回数、ペナルティエリア侵入回数――など、実に多岐にわたる。
その中で有意なデータをどう抽出してフィードバックするか。
チームのスタイルや方針によっても異なるが、いずれにしてもテクニカルスタッフらコーチ陣にとっては腕の見せどころと言える。
 
「数値をサッカーに生かすことは、これまでも今後も絶対的に必要なファクターです。まずはそこをしっかり押さえてトライしたいと思いました」。
小澤取締役はそう続ける。
 
考えのバックグラウンドの一つにあったのは、ヨーロッパでの経験だ。
松本山雅FCのフロントスタッフとして視察研修に赴くなどした際、先進的な計測装置を使ったトレーニングを知った。
帰国して以降もアンテナを張り、テクノロジーを活用したヨーロッパの事例を追うようになったという。
 
 
「ボールが出てきたところからトラップして違う方向にパスするまでのモーションやタイムなど、かなり細かいデータを採取していました。
ただ、それは大掛かりな装置がある決められた空間でないとできないトレーニングで、センサー類も数多く装着する必要がありました。
でもモーションセンシング機能を持つM-Tracerがもし今後練習中に装着できるくらいに進化すれば、場所を選ばないし労力もかからず各種データを取れるかもしれません。ものすごく大きな可能性を感じました」
 

まずは小学生年代に試験導入 地域と子どもたちのために

セイコーエプソンと協議を重ねる中で、まずは小学生年代のジュニアを対象に試行錯誤していくことが決まった。その理由は主に2つ。
「地域間格差をなくしたい」「育成年代に力を入れたい」ということだ。
 
地域間格差とは何か。小澤取締役は説明する。
「実はエプソンさんの思いもあるんですけど、M-Tracerを着けると、色んな所で指導者がいなくても数値が測れるようになるわけです。どこにいてもデータさえ見ればフィードバックができる仕組みを作りたい――というエプソンさんの思いがあり、まずそこに共感しました。実際に山雅の指導者も数が限られていて、全員がレクチャーできるわけではありません」と明かす。
 
 
サッカークラブは全国各地にひしめいている。
日本サッカー協会の集計によると、2021年度のチーム数は26,596。
第1種(社会人年代)が4,510、第2種(高校生年代)が3,952、第3種(中学生年代)が7,218、第4種(小学生年代)が8,257。
このほか女子が1,321、シニアが1,338となっている。
協会に登録している選手数ベースだと、実に826,906人にも上る(https://www.jfa.jp/about_jfa/organization/databox/team.html)。
 
数あるチームも当然、地域によって固有の事情がある。
小澤取締役が説明したように満足な指導体制を用意できないチームも存在するし、何よりトレーナビリティを最大化したい場合にはM-Tracerは大きなアシストになる可能性も。
まずは松本山雅FCのジュニアに試験的な導入をしながら、地域間格差を少しでも解消するためのソリューションを模索していく。
 
年代別チーム数の中で、最も多いのは小学生年代。
特に高学年(5〜6年)から中学生にかけての一時期は神経系が最も発達する「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、各種技能を習得するのに最重要とされる。
そこに効果的なアプローチを行うことにより、未来への可能性を大きく広げたい狙いだ。
 
 
小澤取締役は言う。
「やはり育成年代がすごく大事になってくるのは、山雅だけでなくサッカー界共通の理解でしょう。ですからまずゴールデンエイジの選手に体の動かし方をしっかりレクチャーすることで、まずは地域のレベルを上げていきたいという思いがあります」。
自分たち松本山雅FCだけでなく、自分たちがハブとなりながら地域一円が底上げされていく――。
そんな未来図を思い描いている。

「山雅だけが一生懸命やっていても、私たちが見ることができる子どもたちは数が限られています。もっと小さい頃から色んな興味を持って、色んな指導者に触れながら成長していく子がどんどん増えていかないと、最終的には山雅自体も底上げできないと思います」

そもそも、松本山雅FCは1965年に結成されて半世紀以上の歴史を持つが、Jリーグを目指し始めて活動を本格化させたのは2004年以降。
小学生〜高校生のアカデミーに本腰を入れたのも、J2に参入した2012年以降だ。
つまり、長野県のサッカー界においてはどちらか言えば「新興勢力」であり、なおかつ強大な影響力を持つ「黒船」。
だからこそ、地域と互恵関係を結びながらソフトランディングしていく必要性もなおさらあるのだ。
 
 
それでは、小学生年代に試験的な導入をしてから、どのような種類のデータをどのように採取していけば良いのだろうか?
現状のM-Tracerで計測可能な種類のデータから有意のものをピックアップし、継続的に推移などを記録していく。
そうした取り組みの中から何が見えてくるのか。
二人三脚の、息の長いチャレンジが始まった。
 
 
文=大枝令
 
 

次の記事を読む >

おすすめの連載・特集記事

1 4
  • LINE
  • Instagram