こんな方向けの記事です
- センシングに興味のある方
- M-Tracerに興味のある方
- これまでの歴史を知りたい方
目次
はじめに [エムトレプロローグ]
「遠くへ飛ばしたい」「狙ったところに打ちたい」「スコアを良くしたい」ゴルファーの基本的で永遠の欲求をどうやったら私たちはうまく支援できるのか。ゴルフ上達支援ツールとして2014年にサービスが開始された「M-Tracer for Golf」は、こんなゴルファーの目標をサポートするシステムです。
このシステムの開発に着手したのは、Mプロジェクトが発足した2011年が始まりでした。
民生用ジャイロセンサの開拓メーカーだからこそ [センシングデバイスの歴史]
2005年に弊社が発売したジャイロセンサ(角速度センサ)は、電子デバイスという小さな部品からはじまりました。
私は、ジャイロセンサ事業の立ち上げから携わらせていただいており、戦略立案、商品企画から、販売技術サポートまで幅広く関わっていました。
当時は、DSC(デジタルスチルカメラ)市場が大きく飛躍する直前にあたりその中でも「手振れ補正用の手振れを検出する部品」向けに圧倒的な高精度と小型化を売りに、発売が開始され、このこれらの市場の成長とともに、私たちのジャイロセンサは、業界で70%のシェアを持つまでに成長。
さらにカーナビゲーション用のDR(デットレコニング:推測航法)向けのセンサとして様々なメーカーさんへの採用も進んでおり、会社の中では小さい事業体ながらも、なんとなくセンサが社内で認知されつつある事業を展開していました。そんな私たちのセンサ事業はいわゆる新参者で、だからこそあらゆる市場を開拓していくのを使命としていました。
当時のセンサの用途は主に、制御系にあたり、何かの動きを検出し、その動きを制御する目的で使われることがほとんどでした。
そして私たちは、この制御系以外の用途を自分たちで開拓(創っていこう)という高い志で集められた11名の部隊がMプロジェクトとして発足した時期でした。
そして、様々な技術開発とともに、何を測るのか、そしてそれをどう活用するのかを考え始めたのを覚えています。
スポーツを測るからゴルフをターゲットにするもすぐに暗礁に乗り上げる [センシングのしがらみ]
弊社のセンサの特徴は、非常に広いダイナミックレンジ(ゆっくりとした動きから速い動きまで正確に検出できること)を有しています。
この特徴を生かすには、幅広い動きをするものをとらえるのが良いだろうと考え、人間(スポーツ)の動きを測ろうとターゲットを絞りました。
人間の運動は、物体を保持するような微小な運動から、投げたり振ったりする非常に速い動きまで様々な動作が存在します。例えば、手のひらを反す動きは、瞬間的に1,000dps(1秒間に1,000度)を超える動きです。こうしたことからセンサの特徴を検出するために、スポーツを検出する3,000dps以上の動きを検出できるジャイロセンサを独自に開発。さらにそのセンサと2つのレンジの加速度センサを組み合わせて、データをPCへ送るための機器を試作して、ゴルフスイングの計測実験を開始しました。
計測されたデータは、ゴルフスイング軌道を演算するアルゴリズムを介して画面表示し、高い精度でスイングを再現できることを確認していきました。
ゴルフスイングは、始まりと終わりが比較的わかりやすく、またスイングの時間も5秒以内にほぼ終わることもあり、センサ情報をどのように処理すべきなのかは、あまり迷うことなく条件は確定していきました。
しかし、問題はそこからでした。
いろいろな人のスイングを計測して、人によってスイングが違うこともわかってきました。「スイングを測ることはできそうだ。人によっても違いそうだ。でなんなの?」うまい人のスイングって何がどう違うのか。
スイングの軌跡を3Dで見せても、ヘッドスピードを算出しても、それだけでは何が良くて何が悪いのかが分からないのです。それが伝えられなければ、ゴルファーになんのメリットがあるのか、何がうれしいのかが分からないのではないかという根本的な問題でした。
私たちには、運動を計測できても、運動を理解し、何を分析すべきなのかができるメンバーがいなかったのです。「うまいって何だろう?」を考え続けた日々でした。
動力学(バイオメカニクス)との出会いで「うまい」を定量化してエムトレの基礎となる
そんな迷える子羊たちに活路を見出してくれたのは、社長からの電話(直電)でした。
「大学の先生から手紙が来ているので、対応するように。」手紙の差出人は、慶應義塾大学SFCの仰木教授。
直筆で書かれた手紙の内容は、先生の研究されている研究にセンサを使いたいので、協力をお願いしたいという熱い想いがつづられた内容でした。
すぐさま私たちは、先生のもとへお伺いし、具体的な協力の方法を検討していきました。そして、同じ時期に出席していた機械学会(スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス部門)の開催していたシンポジウムでお会いしたJISS(国立科学スポーツセンター)の研究員であった太田先生との出会いも衝撃的でした。
私たちの思ってきた考え方が見事に打ち砕かれた瞬間でもありました。
それは、スポーツバイオメカニクス(動力学)という学問との出会いです。
スポーツ動作の動力学的特性というちょっと難しい領域の内容でしたが、物理を高校の途中であきらめた私が持ちうる知識を使って簡単に表現しようとすると、スポーツの運動を、力(ちから)の伝達という観点でとらえる学問ということでしょうか。通常私たちは、運動を形でとらえがちです。
例えば走るという動作でいうと、「腿(もも)をもっと上げろ」とか、「ひじの角度は90度にして前後に動かす」とか、そういった形で考え、うまい人はこういう恰好をしているというようなものにとらわれていますが、実はそれは結果であってどの人にも当てはまるわけでは無いことはみんな知っています。
そうする理由を知らずに、再現しようと練習しています。
ゴルフでいえば、タイガーウッズのスイングをまねしたところで、タイガーウッズにはなれないのです。それは人によって、骨格も違えば、筋肉のつき方も違うからです。また動作の可動域も違うため、何かの形に当てはめてもそれがその人にとって良いのかはわかりません。
動力学では、スポーツにおける運動は、必ずどこからか力をもらい(多くの運動は地面からちからをもらっています)、体という構造体を通じて、出力(動作)を行っているという考え方を元に考えるということでした。
私たちは、運動をするのに、地面から力をもらい、体を使って(反動・捻転・むち運動)目的のところに力を伝達させています。
そう考えると、スイングの形やヘッドスピード星の数ほどありますが、「うまい」人たちは、地面から得られた力を効率的に伝達して、クラブヘッドに伝えていることが分かります。
その運動の動力学的な知見に基づく考え方は、私たちの根本的な考え方を大きく変え、そして前進するきっかけとなっていったのです。
次回に続く